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        斎藤道三と油座      大山崎町 )         楽市楽座  
 
 

斎藤道三さいとうどうさん 1494〜1556 名前:峯丸ー松浪庄九郎ー長井新九郎規秀ー斎藤秀龍ー斎藤道三
                                 他ー斎藤山城守入道道三


 京は西の外れ西の岡の生まれと言うから大山崎から長岡辺りになるであろうか、妙覚寺本山で知恵第一の「法蓮房」と言われた庄九郎も還俗 してからは食い詰め乞食同然であったが、お万阿という京で油屋「奈良屋」の女将と知り合い油売りをするようになり、山崎八幡宮に出入りする(油座) 訳だがこの頃大道芸人のごとく永楽銭一文の四角い穴に油を通すというパフォーマンスをやって人気をはくし商売を繁盛させたことは有名である

 道三にまつわる人物観というのは、「無欲を装い」取り入られ「色欲」で財力を為し「策略」「調略」で国を乗っ取る。というのが道三像であるが、槍の名人であったり、敦盛を舞う「京の舞の上手」と言われたり、なかなかのいい男だった様である。繁盛していた奈良屋も「奈良屋の油が売れすぎて肝心の、油専売権を持つ山崎神人の油が、京であまり売れなくなったと言う理由で取り壊される。奈良屋がつぶれた後、山崎庄九郎と名前を変え美濃の国へ渡り土岐頼芸に仕え、女と鷹の絵にしか興味のない頼芸にクーデターを焚き付け成功し,ついには頼芸を追放してしまう。この頃稲葉山、城城下の加納に楽市令を布き城下は栄えに栄えた。

このとき襖の虎の絵の目を槍で突けるかという賭けをして頼芸の愛妾・深芳野(みよしの)を譲り受けるのだが、深芳野の間に生まれた義龍 を 「頼芸の子」と吹聴しまわった事が元で関係が悪化、義龍は弟二人を殺害後、父のあだ討ちとして挙兵、道三の首を取る。 このときすでに信長とは娘を嫁がせ同盟を組んでいたにもかかわらず、合戦直後草々に死を選んだのは以外であるが、娘婿の信長の援軍の深入りを気遣ってか。それにしても最後はあっけない気もするが、策謀に満ちた道三の一生も乱世が為す技か。とにかく乱世である。

しかしここで忘れてならないのは出世の為にはなんでもしたと言う道三も、織田信長と 、信長に仕え最後には信長を討った明智光秀の二人を可愛がり育てていると言う事である。信長については前述したが、光秀は道三の正妻「小見の方」の甥にあたり、幼年は桃丸と言い、神の申し子ではないか、といわれるほど聡い子で、道三は手元に引き取って軍略・政治の事を手に取るように教えている。後に明智十兵衛光秀と名乗り、織田家に仕えて日向守と称し、天下の武将の中で学才並ぶなしと言われた男になる。



< 離宮八幡宮 >    山崎の油売り

   大山崎八幡宮

(離宮八幡宮)
山崎の商都は中世末期に栄えその繁栄は戦国中期にまで及ぶ。現在は東海道線ができた為に
 境内を分断されたが、当時は恐らく敷地は1万坪はあっただろうと、司馬遼太郎は「国盗り物語」に書いている。鳥居の両側に百三十 軒の社家が立ち並び、町外れには遊女屋がびっしりと軒を並べていた。それだけ栄えたのも足利幕府から油の専売件を与えられ この八幡宮の許しが
なければ油を売る事も原料の
荏胡麻を産地から運んでくる事もできない。全国の油屋は金銀を
八幡宮に収めて製造販売の権利を買い取るのである。
その権利も一年限りのもので翌年にはまた収めなければならない。その為八幡宮は大名より
富豪で境内の蔵には金銀がうなりをあげていたとされる。さらに神社は武装した神人(寺の僧兵)を数百人も養い、勝手に油を売るものがあれば遠国まで押しかけていって店を壊した。没落同然の足利将軍家はこういう許可権を与えることで八幡宮から金を取っていたと思われる。 現在の八幡宮は背後に天王山を背負いJR山崎駅のそばでありながら、参詣者もほとんどなく往年の面影は感じられないが、吉原製油、 味の素、昭和産業といった企業が氏子になっているようだ。隣り合わせる様に「三笑亭」という神宮ゆかりのてんぷら料理を食わせる料亭があり、 司馬遼太郎「国盗り物語」が大河ドラマとしてテレビ化されたときは何度となく紹介されている 大山崎八幡宮(離宮八幡宮)神官は当時と同じ津田氏の世襲である。

 本宮は嵯峨天皇の離宮跡にあたる。作られた当時は現在の三倍以上もあったが、鉄道の敷き設で縮小になる。元治の変に長藩の別働隊が最初にここを占拠し、焼き払ったが有名な離八幡宮文書はこの時水無瀬御影堂(水無瀬神宮)に避難し、焼失を免れた。 社内には河陽(かや)離宮跡の石碑が立ち、能面に似ているところから呼ばれたという、かしき石が残る。      

                                                              

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