<水無瀬地域の歴史> 元に戻る
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水無瀬 (みなせ)ー 大阪府三島郡島本町広瀬の地域をいう。(広辞苑)
水無瀬川 ー アイヌ語で「夏に死ぬ川」の意。
万葉いらい秘めた恋にかけて歌われた。
” をのこども詩を作りて歌に合せ侍りしに、水郷春望という事を” 太上天王
” 見渡せば山もと霞むみなせ川 夕は秋と何思けん” (新古今集)
” 水無瀬川をちの通路水満ちて 船渡りする五月雨の頃” (山家集)
水無瀬川夕焼け
水無瀬神宮 − 後鳥羽上皇の離宮の跡に、承久の乱で破れた上皇を弔うため
建てられた御影堂がはじまりと伝えられている。
水無瀬の滝 ー 天王山に源を発する高さ20mの美しい滝。古来より知られ、水無瀬川と
ともに歌枕になっている。竜神信仰もあったと伝えられる。
谷崎潤一郎と「蘆刈」ー 谷崎は「蘆刈」に、『増鏡』の「おどろのした」の後鳥羽院の水郷春望の
歌に心をひかれ、水無瀬辺りを尋ね歩いたことを書いている。
芦刈コーナー −「日本名水百選」に選ばれた水無瀬川の水は谷崎の「蘆刈」にちなんで
蘆刈りの水としてしたしまれている。
『増 鏡』(ますかがみ)ー歴史物語1180〜1333年(治承4〜元弘3)
後鳥羽天皇降誕から後醍醐天皇の隠岐遷幸まで、鎌倉時代15代
150年間の事跡を編年体で記す。作者は二条良基説が有力。